第1章

4087 Words
ちっぽけな世界 ちっぽけな人生 つまらない毎日 どうしたら抜け出せる? それとも一生このままなのかな…――― ◇ 「ただいまー」 なんて、言ったところでどうせ返事なんてないのわかってるけどね 玄関には女物の赤いピンヒールの靴と黒の、男物の靴が並べて置かれていて家の奥の方からは女の猫なで声に似た甘ったるい声が聞こえた ……ああ、今日もか…… 自分の手のひらを痛いくらいに握りしめてリビングに行けばテーブルの上に置かれてる3枚の諭吉 その諭吉の1枚に付箋が貼られていて"灯花へ"と書かれていたからそれを剥がしてゴミ箱に捨てる お金は有難く受け取り、自室に行き制服から私服へと着替えて濃いめの化粧を施す 「あん」 「ふふっ」 その間も絶え間なく聞こえる母親の仮面を外した女の喘ぎ声は聞こえないふりをするのが1番だ…… 本当 「気持ち悪い……」 吐き気がする 父親の記憶というのは曖昧で、唯一残っている記憶の中では母と父はよく喧嘩をしていた そして外で女を作って出ていった父親 女を捨てきれなかった母は夜の世界に身を投げ出し、女手一つでここまで私を育ててきた ……なんて聞こえはいいが、実際は毎晩酒と男に溺れて昼間は屍のように寝ているから家事全般は幼い頃から私の役目 たまに起きているかと思えば家に知らない男を呼んではセックス三昧 勿論その間私が家にいたら邪魔だから毎回お金を握らされては「いい子だからお外で待ってなさい。お腹空いたり欲しい物はこのお金で買っていいからね」と言って遠回しに追い出されるのだ そんなことが役10年近く続けば最初は何で?どうして?寒いよ、お母さんと遊びたい。そんな純粋な気持ちを抱いていたが成長すると共に消えていき、諦めることを知った 公園でひたすらブランコに乗って時間潰ししていた頃の私は消えて、今ではバイトのシフトを増やしてお金稼ぎをするか夜遊びするかのどちらか 今日はその夜遊びday……と言いたいところだけど生憎みんな予定があるらしく、誰一人捕まらないから1人で時間潰しをするしかないみたいだ 仕事がある、ないに関わらず21時過ぎに家に帰ればいないはずだから役3時間ほど何して過ごすか… 近所は何もないから駅まで歩き、電車に乗って向かうのは若者が沢山集まる繁華街のある駅 その繁華街にある、沢山のショップ店が入ったビルに行って適当に服やメイク道具など見て歩く バイトもしてるしお金だけは沢山くれる母のおかげで欲しい物は我慢しなくてもだいたい買える ……そう、極端に高いブランド物とかじゃなければ買えるし現に買い物し始めて約1時間 あたしの腕には好きなブランドの服が入った紙袋が3個もぶら下がっているんだけど…… ―――何も満たされない それどころか心臓に小さい穴が空いたような…、そんな虚しさばかりが広がっていく 「ご飯…は、いいや」 1人でファミレス行っても余計虚しくなりそうだし1食抜くのなんていつものことだ 見たいお店は全部回ったから今度はどこで時間潰しをするか…… そんなことを考えながらとりあえず駅に戻れば 「さいっってーー!!!」 そんな言葉と共に"バッチーン"漫画みたいな、リアルな音が聞こえて思わずその声と音の方に視線を向けた ………うわあ 駅の改札口の横で泣きわめく女の人と無表情でその女の人を見てる男の人 今男の人を叩いた女の人、一見大人しそうな物静かっぽい地味な顔立ちしてるのにあんなヒステリックに声上げたりするんだ… 少し離れた場所からでもわかるくらいボロボロと頬に無数の涙が流れていく カップルの修羅場なんてあまりみないから新鮮で、少し離れたところで傍観するあたし 「俺なんか叩かれるような事したっけ?」 「隠したって無駄だから!!私の友達とネタんでしょう!??」 あ、それは叩かれても仕方ないわ… きっと今、駅前でこのカップルの修羅場見てる人たちみんな思ったと思うよ 浮気、ね…、まあよくあることだね、うん 「だからなに?」 「開き直り!?酷いよシュリくん!!!」 「酷いも何もお前と付き合った覚えねえんだけど」 ………… 帰宅ラッシュの時間帯もあり、人通りが多く騒がしい駅が一瞬だけ静まり返ったような…気がした 「……ぇ……?」 さっきまでボロボロ泣き喚いてた女の人も流石に困惑したのか一瞬、動き止まったし 「う、そ……だよね?」 「嘘じゃねえしただ何回か抱いただけで彼女ヅラしてんなよ面倒くせぇ」 うっわ……めっちゃクズ発言出たよ 確かによく見るとモデルでもやってるの?って思うくらい顔は整ってるけど性格クズじゃどうしようもないな 一切表情筋動かない無表情なのが更に男の綺麗な顔立ちを際立たせてるようにも見える そんな、顔は無表情なのに声だけ心底怠そうに言ってはもう用は済んだだろと言わんばかりに、呆然と立ち尽くす女の人に背を向けて歩き出した男の人 「……」 あっという間に人混みに消えていった男の人の後ろ姿が何故か目に焼き付けられて離れなかった…――― ◇ 「このxは…」 数学教師が口にする数式が子守唄のように聞こえるのはいつものことで、窓際の席に座ったことがある人はわかってくれると思うけど日差しがポカポカ暖かくて少しでも気を抜けばすぐにでも眠れそうなくらい心地いい ……こんな授業、将来なんの役になるというのか 漢字が読めて足し算引き算、掛け算割り算と基本的な英語が身についていればなんとかなるだろうってあたしの考えは甘いのかな 「灯花〜、あんた最後の方寝てたでしょ!!!」 「あ、バレた?」 「バレバレ。頭カクカクしてたし」 漸くつまらない授業が終わった途端、私の机の周りに集まってきたのは笑香と風香 高校に入学して一番最初に出来た友達で彼女達は一卵性双生児といって、簡単に言えば双子の姉妹だ 一卵性というだけあって瓜二つの2人 2人の見分け方の違いはホクロの位置と髪型の違いくらいだと思っている 「だって眠いんだもん」 「あはは。灯花って常に眠そうだもんね」 「わかるわかる。夜寝てんの?」 「ふつーに寝てる」 「ほんとに?灯花って結構な頻度で夜遊びしてるイメージ」 だって家にいたくないんだもん、なんて言える訳もなくて… いくら仲が良いと言っても家の事なんて言いたくない この双子の家はごく普通の家で、仲のいい両親に仲のいい姉妹、私がずっと渇望してる普通の家庭で育っている2人に言えば同情されるだけだ はっ……、馬鹿馬鹿しい 「まあそんな灯花にお誘いがあります!!」 「……お誘い?」 ……嫌な予感…… 笑香と風香は顔を見合わせては同じ笑みを浮かべて 「「合コンのおさそーい!!!」」 イエーイ!と声を揃えて言うけど「…却下」うん、行かないわ 「灯花さん?」 「合コンだよ?ご、う、こ、ん!」 「レベル高いと言われてる男子校の人との合コンだよ!」 「灯花彼氏いないし?人数足りないからさ、ね?お金は男子持ち出しただ飯で男の子と知り合って時間潰しできるの最高じゃない?」 「うちらも今彼氏いないし?」 「華のJKよ?それにそろそろ夏休み〜」 「キュンっとするような事が定期的にないと女性ホルモン軽減されちゃーう」 最高に興味無いしそそられない… でもあたしは知っている。このテンションの双子の誘いを断ろうとしても無駄だということを 2対1にくわえてこの双子は恋多き女であり、更に結構強引に人を振り回す天才だ だから、結局…――― ▼ 「双子の姉の笑香ですっ」 「妹の風香ですっ。そして隣にいるのが灯花ちゃんでーす」 何度断っても聞く耳持たずの双子に放課後になった途端、無理矢理連れていかれた合コン はっきり言って何一つ面白くない 双子のテンションについて行ってる相手側の男子高生たちに感心するわ ノリノリで歌ったり合いの手入れたり、自分たちの歌の番じゃないときは隣の人と話したり……何が面白いんだろう 「灯花ちゃん…だよね?」 「……はい」 「俺アキラ!俺たちダメだから敬語じゃなくていいよ?」 「はあ、」 ………それより近いから離れて欲しい、なんて言ってもし怒らせたらこの空気ぶち壊すことになるし我慢我慢 でもさりげなく距離を離すために腰を引いたことには出来れば気付かないでほしい 「さっきから全然話してないけど人見知りとか?」 「あー、まあそんな感じ、かな」 まあ嘘なんだけど 話す気にもならないくらい興味無いだけ アキラと名乗った隣の男はぺちゃくちゃと、次から次へ話題を作っては話しかけてくるけど右から左へ聞き流すだけのあたし ……適当に相槌うつのも疲れてきた 「ごめん。ちょっとお手洗いに…」 そう言って鞄を片手にそそくさとトイレへ行く はぁ……、つっかれた 確かに家にいるよりはマシかもしれないけどもう次からは二度と行きたくない 合コン自体は何度か行ったことあるけど毎回大して面白くないし、合コンをきっかけに彼氏を作ったことも無い ……2人には悪いけどこのままこっそり帰らせてもらおう わちゃわちゃ知らない人と気を遣って話したり場を盛り上げる曲を考えて歌うくらいなら一人カラオケのが楽しいわ 一言いってから帰った方がいいのはわかるけどそしたらすんなり帰れないのは目に見えている だからLINEであとで謝って、バレないうちに帰ってしまおうとトイレから出ようとすれば 「やっぱり帰ろうとしてる」 「げ…」 私の隣でひたすら話しかけてきたアキラがトイレの前で待ち伏せしていた 「げって…流石に酷くない?」 「…何の用ですか?」 「トイレに行くのに鞄なんて要らないはずだし帰られたら困るから待ち伏せしてた」 意外によく見てるのね… それより気になったのが"帰られたら困る"? 「…なんで?」 「えー?俺灯花ちゃんの事いいなーって思ってさ。狙った子を易々と連絡先も交換せずに帰すわけないじゃん?」 「…悪いけどあたしはあなたに興味ないんで」 1ミリも興味無い だから連絡先交換なんてしないし仮にしたところで次はないよ 「バッサリ言うね〜」 「じゃないと貴方諦めてくれなさそうなんで」 「お?意外と俺の性格わかってくれてる感じ?」 わかりたくもないけど待ち伏せしてるあたりしつこい男ってのは簡単に理解できるわ これ以上話すつもりなくて一歩踏み出そうとすれば、すぐにあたしの正面にアキラが立ちはだかる ……いい加減にして欲しい
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