悪役令嬢、ブラック企業を斬る! 7

3071 Words
 白石専務が鼻白んだ。  まさか反抗されるとは思っていなかったのだろう。  年長者で、しかも子供の頃から知っているとなれば、社長としてはそりゃあやりにくい相手だ。  あげく格言めいたものを持ち出して諭されたら、若い社長としては引き下がらざるをえない。  老害の老害たる所以ですわね、と、私は内心で呟く。  結局、経験で若者が年輩の者に勝てるわけがないのだ。殴り合いをするとかならともかく。  その仕事で培ってきた知識や、人間関係や、ノウハウなどを|論《あげつら》われては、経験の浅い者は太刀打ちできない。  こういうもんなんだ、という一言で黙らされてしまう。  だから、あらかじめ私は彼に策を与えている。 「お前の言っているのは、みんな持っているんだから僕にもあの玩具を買ってよ、と、親にせがむ子供の意見そのものだな」  社長が唇を歪める。  思いっきり意地悪そうな表情で。 「…………」  言葉に詰まる専務。  よし。好機だ。  たたみかけろ。 「格言が好きなようだから俺も言ってやるよ。人の振り見て我が振り直せ、とな」  挑戦的に言い放つ。  他人の悪いところを真似するのではなく、それを参考にして自らを戒めなさい、というほどの意味だ。  皆がやっているから良いだろう、という言葉の反対の意味になる。  身も蓋もない話だが、格言や標語などというものは、だいたいは別の見方をした別の言葉が存在しているのだ。  どれに価値を置くかは、まさにその人次第なのである。 「会社が潰れますぞ……」  ぎり、と、専務が奥歯を噛みしめる。  彼にしてみれば、じつは武器はそれしかないのだ。  ありもしない空手形を振って不安を煽る、冷静に観察すれば、こんなもの怖くも何ともない。 「潰れるわけねえだろ。そもそも法令違反をしなかったら倒産してしまう会社って、なんなんだよ」  そういって、社長が私に視線を投げる。  援護射撃を頼む、という意味だ。 「北海道にある森町《もりまち》と八雲町《やくもちょう》が、ふるさと納税でぼろ儲けしましたわ。グレーゾーンというか、あきらかに過剰な返礼品で。しかも二つの町が競うように価値の高いものを用意して」  これで怒られないなら、このくらいでも大丈夫かな、と。  どんどんエスカレートしてゆく。  納税する人にとってみれば、内部事情などどうでも良い、十グラムでも二十グラムでも多くイクラを出すところに金を払う。  そんなもんだ。  ふるさと納税の理念から、ずいぶんと遠く離れてしまっているが、そこはいま問題にするべき点ではない。  大事なのは、 「その結果、両町とも処罰されました。そして、もうふるさと納税には参加できなくなる、というところまで追いつめられましたわ」  という結末だ。  ちなみに、二つの町は北海道や国からの信頼回復に駆け回り、なんとか継続できることにはなった。ただし、更新は一年ごと。毎年きびしく不正行為がないか監視される。  これまでみたいに自由に返礼品を設定なんてできない。 「それでも地方自治体ですからね。国も北海道も手心を加えてくれますわ。ですが私立の企業など、ぷちっと潰されておしまいでしょう」 「おっかないねぇ」  おどけたように社長が合いの手を入れてくれた。 「我々が潰されるとでも言うのかね? そんなことが可能だとでも?」  憎々しげに専務が私を睨みつける。  不吉な予言をするなよ小娘、と、顔に大書きしてあった。  困ったものである。  身を正せば潰れるって、御身が言ったのではないか。  私はその反対、正さなかったら潰れる可能性がある、というのを示しているだけだ。 「日本に存在する企業のすべてを取り潰すことは不可能ですわ。大企業に手を出すというのも難しいでしょう。彼らは政治家や政党に対して多額の献金をおこなっておりますし、そこを潰すと経済が回らなくなりますから。ですが」  言葉を切り専務を見据える。 「中規模で、潰したところで大勢には影響がない会社。狙い目だと思いませんか? 一罰百戒の効果として」 「…………」  ひとつの罰で百の戒め。  言葉を飾らずにいうと、見せしめってことだ。  ブラック企業は、こういうふうにちゃんと処罰されるんだよ、と、国民に見せつけることで支持基盤を固める。  もちろん、他のブラック企業に対する牽制にもなる。 「俺たちは、犠牲の羊《スケープゴート》にちょうど良い存在なんだよ。白石」 「ですが……我が社がそうなるとは限りますまい……」  酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくさせる専務。  食い下がるなあ。  むしろ私には、どうしてそこまでしてブラック企業でありたいのか、そちらの方が理解不能だ。  偽悪趣味、というわけではないだろうし。  はあぁ、と、社長が大げさにため息をついてみせた。 「ならないって限らないなら、危険は犯すべきじゃない。何かあってから、ちゃんとしておけば良かった悔いても及ばないんだよ。その程度のことも説明しないと判らないのか?」 「人倫に基づいてホワイト企業たる、というのはもちろんありますが、それ以前の問題として、リスクマネジメントですわ。まさか裁判などで、「みんなやってるから良いと思ったんだもーん」とでも答えるおつもりですか?」  ふたりしてたたみかけてやる。  ここが分水嶺だ。  ブラック体質の者たちの蒙を、徹底的に啓くのだ。 「裁判……だと……?」  専務が呻く。  今のご時世、けっこう簡単に裁判は起こされる。訴訟のやり方だって、ちょっとインターネットを調べれば詳しく解説されている。  これまで我が社が訴えられなかったのは、ぶっちゃけただの偶然でしかない。  死なばもろとも、と、覚悟を定めた社員が幾人かいれば、とっくに訴えられていただろう。 「そうなったら、会社はお前らを守らないから。今から言っておくな」  ふんと鼻を鳴らす社長だった。  彼自身にも怒りがある。  有給休暇取得率の低さや、離職率の高さについて、幾度となく幹部社員に聞き取りをおこなっているのだ。  それに対して、虚偽の報告をし続けてきたのが課長クラス部長クラスだ。 「気分的にはな、お前ら全員を懲戒解雇したいんだよ。けど、さすがにそれはしない。俺だって鬼じゃないからな」 「当分の間、課長クラスは三十パーセント、部長クラスは五十パーセントの減給としますわ。役員は七十パーセント。社長は八十パーセントですわね」 「俺の手取りは二十万を切っちまうが、こればっかりは仕方ないよな。すべては俺と幹部どもが無能だったから引き起こされたことだ」  アメリカンな仕草で、社長が両手を広げて見せた。  会議室が騒然となる。  当然だ。  いきなり給料を三割減らすと言われてへらへら笑っていられるなら、その人はたぶんサラリーマンには向いていない。  山に籠もって仙人なり聖人なりにでもなった方が良いだろう。  生活が、とか、家のローンが、とか、悲痛な声があがる。  搾取される側になって、ようやく彼らにも下々の気持ちがわかったというわけだ。残業代も払ってもらえず、有給休暇も与えてもらえず、ぎりぎりの生活の送っている者たちの気持ちが。  それでもまだ彼らは幸福である。  意見を言う機会が与えられたんだから。  横暴だ!  ふざけるな!  という怒声が意見かどうかは判らないけれど。 「山神さん、頼みます」  頃合いをみて社長が依頼する。  私はすっと息を吸い、踏み込みとともに吐き出した。 「黙りなさい!」  会議室の窓がびりびりと震え、何人かが椅子ごと後ろにひっくり返る。  あ、お漏らし課長は耐えきった。  さすが二回目。  真っ青になってぶるぶると震えてるけど。  御身はチワワか。  まったく可愛くはないぞ。 「気に入らないなら退職願をしたためろ。いままでお前ら自身がやってきたことだ」  腰を抜かしている幹部どもを、社長が冷然と睨みつけていた。
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