盛大に遅刻こそしたもののなぜか怒られることもなく「次からは遅刻はしないようにな」と軽く言われただけで参加できた入学式の帰り道。
俺は陽菜の家に案内されたんだけど――、
「ここが陽菜の家なのか!?」
「そうですよ」
「ここが陽菜の家なんだよな!?」
「そうですよ」
「ってことは本当にここが陽菜の家!?」
「そうですよ」
思わず3回聞いてしまった俺の前にあったのは――、
「家っていうか屋敷っていうか、庭だけで全校生徒が運動会できそうなくらいの広さがあるんだが……?」
「ものすごい」という形容詞が100個くらいつきそうな、超がつくほどの大豪邸だった。
「よく言われます。ちなみに反対側にも同じくらいの庭と、あと使用人の住居や茶屋などの建物が数棟あったりするんですけど」
なにそれ、えええぇぇぇっっ!?
「途中でリムジンっていうのか? 高そうな車がお迎えに来ておかしいなとは思ったんだけど、陽菜っていいとこのお嬢さまだったんだな」
「ハルアキくんは、鴻池グループはご存じでしょうか?」
「もちろん知ってるぞ。日本を裏で操っているとか言われることもある超巨大財閥だろ――って、鴻池?」
「はい」
わざわざ思い出すまでもない、陽菜の名字がまさにその鴻池だったはずだ。
「もしかして陽菜は鴻池グループのお嬢さまなのか!?」
「鴻池グループ総帥・鴻池大五郎はわたしの祖父に当たります」
「うおええっ!? なにそれ、すごっ!? ってことは陽菜は文字通り日本一のお嬢さまってことか」
「もうハルアキくんったら大げさですよ。それに家がすごいというだけで、わたし自身はいたって普通の女子高生ですから」
そう自嘲気味に笑う陽菜の姿を見ていると、なぜか俺の心はぎゅうっと強く締めつけられてきて――、
「そんなことないさ。陽菜が素敵な女の子だってことを俺はすごく分かるから」
俺は柄にもなく、そんな言葉を口に出してしまっていた。
「会ってまだ少ししか経ってないのになに言ってんだって思うかもしれないけど。本能的にって言うのかな、陽菜のこと昔から知ってるみたいにしっくりくるっていうか。ごめん、俺もなに言ってるかよくわからない」
でも俺は悲しそうに笑った陽菜を見て、どうしようもなく励ましてあげたくなったんだ。
なぜだか分からないけれど、陽菜を笑顔にしてあげたいと心の奥から湧き上がる感情に突き動かされてしまったんだ。
「いいえ、言いたいことはちゃんと伝わってきましたから大丈夫です。やっぱりハルアキくんは優しい男の子ですね」
そう言ってにっこり笑った陽菜は――お嬢さまだって知ったからじゃない――純粋にすごくすごく魅力的に俺の目に映っていた。
そうこうしている内に、いかめしい警備員のいる門を抜けてホテルのロビーのような豪勢な玄関の前でリムジンを降りた俺と陽菜を、
「お帰りなさいませお嬢さま。古賀様もどうぞごゆるりとご滞在下さいませ」
執事とメイド、おそろいの制服を着た使用人っぽい人たちが出迎えてくれる。
「ではわたしは部屋で着替えてきますので……そうですね。麻生さん、ハルアキくんを客間まで案内してくださいな」
そう言い残して陽菜は二階に上がっていった。
残された俺のところに麻生さんと呼ばれた人が近づいて来たんだけど。
一言で言うとチンピラだった。
どっからどう見てもどんだけ贔屓目に見ても、裏社会での身分をお持ちの人だった。
まず目が怖い。
俺を睨みつけるような目は、堅気の人間じゃない感でいっぱいだ。
これだけで泣きそう。
額や頬には傷の跡がいくつもあって、歴戦のケンカ屋か、もしくはヤ〇ザさんの実働部隊的なその筋のプロであったことを思わせる。
そして他の人たちと同じくおそろいのタキシードに身を包んでいたんだけれど、それがまったくもって似合っていなかった。
いやいや、人を外見で判断するのはいけない。
こんなチンピラ然とした風体でも、天下の鴻池グループのお嬢さまに仕える執事なのだ。
きっと怖い見た目に反してジェントルメンなはず――、
「へぇ、てめぇがお嬢のオキニか……おら、なにつっ立ってんだ。とっととついてこいや」
「あ、はい……」
俺は考えることを放棄してチンピラに素直に従うことにした。
逆らってもきっといいことはないよな、うん。
君子危うきに近寄らず。
俺は武道や格闘技を習ったことがないどころか、ろくにケンカをしたことすらない完全な非戦闘要員だもん。
恐怖を覚えるなって方が無理だよ。
もちろんその後に、なにか血なまぐさいことがあったわけではない。
チンピラは俺を客間に案内すると、別の仕事があるのかすぐにどこかに行ってしまったからだ。
チンピラがいなくなって心底ホッとしていると、
「お飲み物をお持ちしました」
入れ替わるようにして、上品ないかにもといった風のメイドさんが、高そうなポットに入った紅茶を持ってきてくれた。
わざわざ俺の目の前でこれまた高そうなカップに注いでくれる。
「うまっ!? なにこれ!?」
さらにお茶菓子にと出された見目麗しいマカロンは、見た目だけでなく口にした瞬間にいくらですかと値段を確認したくなるほどの、目を見張るほどのおいしさだった。
多分1個2000円とか3000円とかそういうレベル。
いやそんな高いマカロンは食べたことがないからあくまでイメージだけど。
「お褒めいただきありがとうございます。当家の専属パティシエも古賀様のお言葉を聞けばさぞ喜ぶことでしょう。後ほど同じものをお土産として包ませていただきますので、どうぞ帰りにお持ちくださいませ」
おおう、市販品ですらなかったよ。
当たり前のように専属パティシエが焼いてましたよ。
しかも後でお土産にくれるんだって。
さすが鴻池財閥のお嬢さまのお付きメイド、気前がいいなぁ。
「ハルアキくん、お待たせしました」
そこに私服に着替えた陽菜がやってきた。