入学式の日に

2041 Words
『ハルアキくん、大きくなったら結婚しに行くから、待っててね』 『うん、ヒナちゃんが来るのを俺、ずっと待ってるから』 『じゃあ指切りしよ?』 『うん』 『ゆーびきりげんまん♪ 嘘ついたら針千本飲ーます♪』 『指きった!』  ――保育園に通っていた頃。  ヒナちゃん、ハルアキくんと互いに呼び合っていつも一緒に遊んでいた女の子がいた。  時にヒナちゃんの好きなおままごとやお人形遊びをして、時に俺が好きなヒーローごっこや虫取りをして。  そうしていつも一緒にいた俺とヒナちゃんは、子供ながらに自然とお互いに好意を持つようになっていった。  だけど小学校入学の頃に、シングルマザーだったヒナちゃんのお母さんが病気で亡くなった。  そしてヒナちゃんは親戚だかお爺ちゃんだかに引き取られることになって、それっきり俺とヒナちゃんは離ればなれになってしまったんだ。  結局ヒナちゃんとはそれっきりだったけど、俺は別れ際にしたその約束を今でもずっと、心の中で大事に大事に守っていたのだった。  もちろん何もかもが小さい頃の、それこそなんてことないただの口約束だ。  本当にヒナちゃんが俺に会いに帰ってくるなんてことは、高校生になった今となってはもうほとんど信じてはいなかった。  それでも俺の心の真ん中にはやっぱりヒナちゃんがいて。  へこたれそうなときにはいつだって心の中のヒナちゃんは笑顔で俺に優しく微笑んでは、元気づけてくれていたのだ。  そんなヒナちゃんとの思い出のおかげもあってか、俺はとりたてて非凡な才能はなかったものの、地道に勉強をし、内申点もどうにかクリアして、家から歩いて30分のところにある学区で1番の公立高校に入学することができた。  そうして今、俺は満開の桜に祝福されながら高校の入学式の日を迎えていたんだけれど――、 「まずいな、ちょい急がねえと……」  俺は学生が一人もいない朝の通学路をひた走っていた。 「まさかこんな大事な日に限って目覚まし時計が止まるとか、高校生活初日からついてなさすぎだろ」  今さら何を言っても取り返しはつかないが、必死に走るモチベーション維持のために愚痴くらいは言わせてほしい。 「目覚まし時計は電池の残量メーターを搭載しておくべきだよな」  普段は緑のメーターが黄色になったら電池を変える――みたいにすれば、入学式の日に目覚ましが鳴らなくて遅刻しそうになる可哀そうな男子高校生を、この世の中から無くすことができるというのに。 「お、これ案外ありかも? 特許取れるんじゃね? 全目覚まし時計に搭載されたら俺、億万長者じゃん? でも特許ってどうやってとればいいんだろうな? って、今はそれどころじゃねぇ!」  チラリとスマホを確認するとかなりまずい時間だった。  デッドラインに完全に片足突っこんでしまっている。  俺は走るペースを少し上げた。  俺の運動能力は並よりちょっとマシくらいなんで、これかと高校まで走り切れるか怪しいところだったけど、さすがに高校生活初っ端の入学式に遅刻することだけは避けたい。 (悪目立ちってもんじゃないからな。生活指導の先生に睨まれでもしたらアホらしいし) 「はぁはあ……ちょっときついけどこのペースでいけば、はぁはぁ……ギリ間に合うはず……頑張れ俺、俺はやればできる子だ!」  一生懸命やる、ズルはしない、ルールは守る、品行方正に生きる。  それが俺が子供のころから自分に課してきたマイルールであり、年齢を重ねるにつれて少しずつ薄れてきた淡い初恋の想い出を忘れないための大切な儀式だった。  いつかヒナちゃんが帰ってきた時に、誰に後ろ指さされることなく胸を張って会えるように。 「そのためにも入学初日から遅刻は絶対ダメだからな。とてもヒナちゃんに顔向けできなくなる」  俺は走るペースをさらに上げる。  4月頭でまだ肌寒い時期だから、少々走っても大きく汗をかくことがないのが不幸中の幸いだ。  そうしてぜーはーぜーはー言いながら走り続けること約10分、高校まであと少しで到着と言うところで、 「――っ!」  横道から急に何かが――いや誰かが飛び出してくる! (やべっ、避けれない……!)  どうにか止まろうとするも、いい加減疲労困憊だった俺の身体は突然の事態に全く反応ができない。  それでもなんとか身体を逸らして衝撃を和らげようとして、でも結局無理で、俺は飛び出してきた人――俺と同じ高校の女子制服に身を包んだ女の子ととぶつかってしまったのだった。 (危ない!)  もつれるようにして転倒するなか、俺は必死に手を伸ばして女の子を抱きかかえた。  後頭部を打たないように女の子の頭を抱きすくめたところで、俺たちはあえなく地面に落ちる。  その時に唇がなにか温かいものに触れたような気がしような、してないような?  ともあれ、 「いてててて……」  転倒の痛みこそあるものの、骨が折れたり靱帯が伸びたりしたようなイヤな感覚はない。  大事には至っていないことにほっと一息ついてから、 「ごめん、俺が走ってたせいでぶつかっちゃって。大丈夫か? 怪我はないか?」  俺はすぐに腕の中にいる少女に問いかけた。
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