カイゼル公爵家の屋敷を飛び立った私は魔の森を目指す。
国境までの距離は、ここから二百キロメートルもある。
馬車なら十時間程だが、雀の私だとどうなんだろ?
思ったよりも速度が出る。
このペースなら四、五時間で国境まで行けるかな?
そう思った私だったが……
雀のこの身体では、絶対的なスタミナが足りなかった。
一時間程連続で飛ぶと、とてもじゃ無いけどそれ以上は無理。
聖女のスキルを使って回復を試みた。
【ヒール】
僅かに発動したが……全快には程遠い。
もう一度……【ハイヒール】
だが、雀のこの身体に内包する魔力はとても少なくなっていた。
(あ、魔力切れ)
ふらつく身体を道の側の木の枝に何とか掴まった。
魔力切れ状態は、体力切れ状態よりも酷い。
回復するまでは、動けない。
恐らく六時間は掛かっちゃう……
私の聖女スキル……忘れてはいない。
でも、今の魔力では発動は難しい……
どうなっちゃうんだろう……
小枝の上で体力と魔力の回復の為に目を閉じて休んでいた。
(カサカサッ)
葉っぱの擦れる音がした。
何だろう? と思い目を開けた。
そこには私から見れば大きな蛇が口を開き、二つに割れた舌をチョロチョロ覗かせて、今にも飲み込まれる瞬間だった。
「キャアア」と叫んだ。
周りに人が居ても「チュンチュン!」としか聞こえなかっただろうけど……
間一髪で、危機を逃れ飛び上がった。
魔物でもなんでもないその蛇は、全長も一メートル程しか無いとは思うけど、私から見れば十分大きい。
心臓がドキドキした。
私に飛びかかって来た勢いで、そのまま木から落ちて行った。
そこに今度は上空から大きな鳥が飛んでくる。
鷹だ。
その鋭い蹴爪で、落ちた蛇をがっちりと捕まえ、再び大空に舞い上がった。
怖い。
自然って、野生って、こんなに危険が溢れてるんだ。
今の鷹だってあの蛇が居なかったら、私を襲って来たかも知れない。
私に戦えるの?
一応聖魔法の攻撃魔法はすべて覚えてるけど、さっきの感じからしたら、恐らく初期魔法の【聖弾】を一回使える程度だろう。
その一撃で鷹を倒したりできるのかな?
いや、戦おうなんて思わない事の方が大事だ。
もっと注意深く生き延びなければ……レオン様に出会えるまで……
少しだけ体力も回復したので、街道沿いに進む事にした。
小さな村があった。
小川も流れていたので水を飲む。
すると、少しひらけた場所に米粒が落ちてるのを見つけた。
お腹もすいてたから、米粒を|啄《ついば》む。
その瞬間、籠のような物が私の上にかぶさった。
「焼き鳥ゲットー!!」
子供の声が無邪気に喜んだ。
私は罠にはまってしまった。
こんな所で、焼き鳥になって死んじゃうんだ……私、レオン様……会いたかったよ……
私を、捕まえた子供が、私の首をひねろうとした瞬間……
「ガウゥ、ワオン」と野犬の鳴き声がした。
子供がびっくりして転げた。
私はまたしても間一髪で助かった。
子供が膝をすりむき、大声で泣くと野犬は少しひるんだ。
その声に近くに居た大人が気付き、野犬を追い払った。
五、六歳くらいの男の子が膝から血を流して泣き続ける。
私は可哀そうに思って【ヒール】を男の子に掛けてあげた。
傷口が塞がる。
男の子はキョトンとした顔をして泣き止んだ。
大人の人、多分お母さんかな? が「治療魔法だわ、まさかこの雀が?」と呟いた。
私はまた捕まったら堪らないので「チュン」と鳴いて飛び立った。
「雀さんありがとう」と子供の声がした。
ちょっとだけ嬉しかった。
食べられかけたけど……
また魔法を使っちゃったから脱力感が激しい。
失敗だったかな……
そこに旅の商人の馬車を発見した。
馬車の屋根の上に止まった。
どうやら魔の森の方角に向かっている。
この上なら怖い鷹や蛇も襲ってこないよね?
ちょっと安心して眠りについた。