ウルルの家の馬車には王国で仕入れた様々な商品が乗っていたおかげで、三人の怪我人の治療も行う事が出来た。
治療に関してはセシリアが学園の休みの日に、教会の治療院でボランティアを行っていたのを補助していた為に、少なからず俺には治療に対しての知識があった。
折れた手や足には添え木を当てて、ずれた骨をまっすぐに固定したところで、薬草による湿布を施して包帯で巻いて置けば、回復力にもよるが二、三日でほぼ完治するだろう。
勿論、聖女のセシリアであれば一瞬で治療できるが、凡人の俺にはそんな事は出来ない。
学んだ知識で精一杯の事をしてあげるだけだ。
それでも、ウルル達の商隊の人にはお礼を言われた。
この日はウルルと侍女の方で食事を作ってくれたので、まともな食にありつく事も出来た。
「レオンハルト様は、これからどうなさるのですか?」
「まだ何も考えて無いんだけど、冷静に昨日の夜の出来事を思い出してみると、おかしな事だらけだったから、この、どの国の領土でもない森の中で、暫く大人しくして、どうするか考えてみたいと思う」
「そうなんですね。もし獣人国ビスティを訪れる事があれば、私の実家の商店にお立ち寄りください。何らかのお力添えが出来ると思いますので」
「解ったよ。ありがとう。少しお願いしても良いかな?」
「何でしょうか?」
「武器が、この斧と農作業用のフォークしか無いんじゃ流石に心細いから、剣と弓矢を譲って貰えないだろうか?」
俺のその要望に対して、商隊長をしていたウルガーさんが、亡くなった二人の武器を無償で譲ってくれることになった。
その替りに、この森を抜けるまでの間、護衛のお手伝いを引き受ける事が条件だったけど。
俺には異存はなかったし、王国に近いこの炭焼き小屋の位置よりは、他国の領土に近い場所の方が安全とも思えたので、翌日から魔の森をビスティ方面に向けて進む事になった。
「ウルガーさん?」
「なんでしょうか?」
「この森では山賊は結構現れる物なんですか?」
「いえ、基本的にはこの森では大変危険な魔物に遭遇する確率の方が高いので、山賊が現れたとしても本拠地を持って居る訳では無く、山賊団の移動中の遭遇と思われます」
「そうなんですね。少し安心しました」
「一応この街道沿いは、魔物も比較的弱い物しか現れない場所を選んでありますので、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
ウルガーさんはそう言ったけど……森を抜けるのに三日かかり、その間に魔獣に襲われる回数も十回程度はあった。
やっぱり危険な森だな……
幸い、剣を装備した俺とウルガーさんで撃退できるレベルの魔獣だったが、今から一人でこの森で暮らそうと思ってる俺には、先行きが不安だよ。
「皆さん。お食事ごちそうさまでした」
「こちらこそ、レオンハルト様の処置のお陰で、けが人もすっかり回復しましたので、本当にお世話になりました。是非ビスティにお立ち寄りの際には、顔を出してください」
そう言って、ウルル達の商隊とは魔の森を抜けた所で別れる事になった。
ウルガーさんとウルルが気を利かせてくれて、国境を越えて入国をする際に必要な入場料と冒険者登録に必要な現金や、鍋や釜などの必需品を、魔獣討伐の報酬として分けてくれたので、当面は生活に困る事もそんなに無いとは思う。
俺が生活の拠点にしようと思う場所も、商隊の移動中に横切った川の側に、良さそうな場所の目星をつけておいたので、何とかなると思う。
街での生活をする事を考えなかったのは、まだハインツ王国に対しての未練があるんだと思う。
明らかにおかしかった、あの晩のセシリア。
あれが本当にセシリアの本心だったのかを、今一度確かめてからでないと、他国へ移り住む気にならなかったんだ。
この魔の森がなぜどこの国の領土でも無いのかと言うと、魔獣の居る世界特有の現象である、スタンピードに原因がある。
この森を領有してしまえば、この森から溢れ出した魔獣が他国を蹂躙した場合に、損害賠償を求められる可能性がある為に、領有を宣言する事をためらっているのだ。
学園に置いてその辺りの国際法を特に熱心に学んでいたレオンハルトには、一つの目的もあった。
この森の中をある程度切り開き、住民を集め建国を宣言する事は可能なのではないかと。
国家元首に成れば、今の女王から王位を継ぐセシリアに対峙しても、国際法上は対等と言える。
第三国での会談の機会もあるだろう。
あくまでも……あの夜のセシリアが本人だった場合ではあるけど……